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文字化け

坂下です。更新するとか言いながら一か月くらい固まっててすみません。ななしの皆さまありがとうございますです。
ぽちぽち書いてはいます。

このブログのコメントに出ていました文字化けの件、一応修正したつもりですので大丈夫かなと思います。治ってなかったら言って下さい。
では~
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Date: 2016.01.30 Category: 映画評  Comments (2) Trackbacks (0)

バブルへGO!

こんばんは。坂下です。サイトの方も更新したのでぜひ観てやってください。

さて、今日私は休日を利用して少し昔の作品、『バブルへGO!』を観ました。
あらすじとしては、日立に勤めていた女性研究員の娘、まゆみがバブル崩壊を防ぐために母親が作ったタイムマシンに
のってバブルまっさかりの1990年にタイムスリップするという話です。
感想として、広末涼子がかわいい!今や二児の母ですが、やっぱりかわいいものはかわいい!観てよかった。

また、タイムマシンものに置きまりのタイムパラドックス関連ですが、この映画は単線的な未来、
つまり過去を変えたら主人公達の現在もそのまま変わる、せわし君と同じドラえもん方式をチョイスしています(その他の未来の形式だと多元世界式等がありますが、わかりやすいシステムをチョイスしていました)


この作品、「バブル崩壊」と「家庭崩壊」が重ねあわされています。
主人公のまゆみ(広末)には父がいません。ですが、タイムスリップした1990年で、父親下川(阿部寛)と出会います。
ちょっと下川とまゆみが父子相姦しそうになるんですが、残念ながらなりませんでした。
まゆみはタイムスリップした1990年で父親と母親を和解させます。ここが一番の見どころかな。


結果としてバブル崩壊をたくらむ大蔵省の官僚を倒し(映画の中では、バブル崩壊は大蔵省幹部の陰謀の結果となっています)、未来に戻るとなんとそこには首相になった父親の姿があり、ハッピーエンドです。


この作品を観ると私は知らなかったバブルの豊かさ、呑気さと共に現在の厳しさが伝わります。
そして、親子の絆は思ったより簡単にくっついたり離れたりするのではないか、泡がはじける時の如き一瞬の出来事で全て変わってしまうのではないか、そんな脚本家の考えも見え隠れしました。


面白かったです。お暇でしたらぜひどうぞ
Date: 2012.07.28 Category: 映画評  Comments (1) Trackbacks (0)

「意志」は何に「勝利」したのか? 『意志の勝利』感想雑文

こんばんは。せっかくブログ使ってるので更新報告以外にもたまには、という事で、
たまたま観たレニ・リーフェンシュタール監督の『意志の勝利』の感想雑文でも書きたいと思います。
特に映画に詳しいとかではないので、あまり生産的には期待しないでくださいwそもそもどれくらい
読んで下さる人がいるのかw




――


おそらく聞いた事のない人はいないであろう、ナチス・ドイツによるナチス党第六回全国大会の記録映画です。


この作品は戦前に『オリンピア』等、ナチスのプロパガンタ映画を監督したリーフェンシュタールのドキュメンタリ映画として歴史に強く刻みつけられています。なぜか? それは今から振り返ればわかる通り、この後ナチスが突き進んで行った道があまりにおぞましく、忘れられない結果を生んでしまったからです。そしてこの映画は国威発揚、宣伝として間違いなくその一助を担いました。ですが発表された当時はその映像美が強く評価されてもいました。


つまりもしナチスが別の可能性(世界線とか言うと熱いよね)を選びとっていた場合、今もなおこの作品は純粋にポジティブな評価を受け続けていた事もあり得るわけです。そう言った背景を抜きに私はこの映画を観る事は叶いません。

で、私の感想を二言でまとめると、「可能性と自由の排除された希望の未来」を映した「異常なまでの健康な世界」です。どういうことか。


まず映像美なんですが、これは素晴らしいというか、観ればわかります。基本的にこれはヒトラーが国民の前でパレードしたり閲兵したり演説したりパレードしたりの繰り返しです。ヒトラーが進歩の象徴である飛行機から舞い降りるまで、雄大なドイツの空が移され、歴史ある建物が移される。降りた後は熱狂的な歓迎を受ける。それは都市の市民達から民族衣装に包まれた少女まで、ドイツの歴史をギュッとつめたような人達がヒトラーただ一人を歓迎するためにカメラの前に押し寄せてくる。圧倒的な美しさだと思います。

そして皆笑顔に溢れ、ヒトラーが語る輝かしいドイツの未来の話に心酔し、手を振りかざして叫ぶ。普通に「この国には希望にあふれた未来がやってくるんだろうなぁ」と思ってしまいます。


が、びっくりするのは人達の顔の向きです。皆、一様に同じ方向を向いているのです。この中にはヒトラーに否定的な人はいません。それは別に発言うんぬんではなく、身体からです。顔の向きが皆と違う人すらいない。皆同じ方向を向いているのです。ヒトラー一人を見ているのです。


私は可能性、そして自由は「皆と同じ方向を見なくてもよい事」だと思っています。皆が右を向いている時、左を向く自由、朝ごはんを食べない自由、結婚しない自由、男と男が結婚する自由などなどです。


それがこの作品からは完璧に排除されています。ヒトラーの方向を向いていない人はいないし、顔が笑顔でない人もいない。それどころか病人もいません。異常なまでに健康なのです。軍隊のシーンからは死の匂いが完全に消されています。笑顔で訓練を行い、戯れる兵士たち。死のない軍隊などありえませんが、それが在り得ている。



完璧な世界が映っているのです。ギャルゲーのご都合主義作品よりご都合主義な作品です。



皆がひたすらにヒトラーを見、信じ、ヒトラーの「意志」、つまり優れた民族による強いドイツの建設を見ています。この皆の「意志」が、「可能性」に完全に勝利している。そう感じました。ネコですらそっぽむいてないんですもんこれ(一度だけネコが出てきますが、カメラをじーっとみています)



恐ろしい作品です。途中で息が詰まるような印象を受けました。また、演説でヒトラーが言っている事は今の政治家とあまり変わりません。平等で自由で平和な社会を築く、と繰り返し述べています。これはまぁ政治の基本的な終着点が「今より良い社会の設計」だと思うので別によいのですが。すげぇー怖いです。




ドキュメンタリ作品というのは「ありのまま」では当然ありません。語義としては「フィクション」の対義語で「ありのまま」なんですが、必ずバイアスがかかっている。それは今もかわりません。例えば今やってる『日本列島いきものたちの物語』なんてドキュメンタリー映画と宣伝してますが「いきもの達の感動の物語!」と煽りがついていて、一体お前どっちやねんと突っ込む事すらもはや古臭く感じます。





ドキュメンタリフィルムの原点にして、極限までバイアスをかけた作品、『意志の勝利』。今の私達にとっては忘れてはいけないのに、忘れてしまいそうな時代の作品になってしまいました。が、十分観るに値する作品だと感じました。


















Date: 2012.04.02 Category: 映画評  Comments (0) Trackbacks (0)